スタッフ紹介

トラスト整骨院鍼灸院

06-7176-8003

〒661-0003 兵庫県尼崎市富松町3-1-5 第2武庫ビューハイツ103.105号

【平日土曜】8:30~12:30/14:30~21:00【日祝】8:30~18:00 定休日/火曜日 第4木曜日午後

スタッフ紹介

スタッフ紹介

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施術はもちろん問診や快話を大切にしております!

元原 博史 もとはらひろふみ ( 1978年03月15日生まれ/ 男性 )

得意なこと‥強い痛みやシビレ症状などどこに行ってもなかなか取れない症状が得意です!

業界歴 12年
役職 院長
趣味・マイブーム 園芸、西国三十三所まわりついでの食べ歩き下の娘と共に!

自己紹介

私は昭和53年3月15日に兵庫県高砂市にある高砂市民病院で生まれました。

家族は、妻と長男(中学1年)、長女(小学4年)と私の4人家族で尼崎に住んでいます。こちらに移り住んで今年で12年目です。尼崎市に引っ越したきっかけは、国家資格である柔道整復師の資格を取得する為です。実家は姫路市で世界遺産である姫路城から車で15分くらいのところです。

父は50歳前半で脱サラし、現在は元原脊椎療院という整体院を営んでおります。私と同じ医療従事者です。

学生時代はバスケットボールに青春をささげてきました。今思えば、足首の捻挫で近くの「ほねつぎ(現在でいう接骨院整骨院)」に通ったことも有りました。

22歳で大学を卒業後は某アパレルメーカーで約5年販売員をしていました。

大阪梅田で責任ある立場になりましたが、姫路からの通勤が時間的にも立場的にも難しくなりどうしようかと思っていたタイミングで、同業者の知り合いからアパレル商社を勧められ転職しました。そして、大阪吹田市に住むことになりました。

お正月やゴールデンウィーク、お盆など時期折々で実家である姫路に帰っていました。

その度、父の仕事っぷりや患者様を良くしたいという情熱に、率直に「すごい!!」と思っていました。そして、興味を持つことになりました。照れくさいですが、そんな父を今でも「尊敬しています」。そしていつの間にか父と同じ整体師の道を目指すようになりました。

アパレル商社を退職し同じタイミングで結婚しその年に長男が誕生。1年間父のもとでみっちり修業し、さらにもっと専門的な知識や国家資格を取らなければいけないと考え、芦屋にある柔道整復師養成専門学校の夜間部に入学しました。とまぁ今思えば忙い毎日を送っていました。

学生として3年間みっちり勉強してまいりました。夕方までは整形外科や整骨院、整体院、デイサービスやリラクゼーション施設で様々な経験を積んできました。また姫路の父のもとで、毎週1回日曜日アシスタントをしながら指導を受けて参りました。この業界に入りたての頃(学生時代~)は、様々な痛みを訴えられる患者様に対して必死に施術をする毎日。腰が痛ければ腰に、肩が痛ければ肩にマッサージを行っていました。しかし、どれだけ施術をしても改善できな症状も有りました。本当に悔しかったです。そして患者様に申し訳なかったです。

専門学校に通い国家資格も持ちそして知識があっても技術はない、そんな状態が続いていました。 それから必死に勉強をしました。いろんな施術法を学びました。そんな時に、日本疼痛リハビリテーション協会が行うセミナーに参加。協会に所属する様々な講師の先生方との出会いを果たし、私はついに決定的とも言える痛みの施術の根源に一歩たどり着いたのです。それは、、、「痛みのある所に原因はない」という考え方、そして施術方法があるという事。

私の現在の目標は、「自分が目指す治療をされている先生のもとへ足を運び、さらに技術はを高め習得することです。そして、習得した施術法や、知識、経験をスタッフに広めていく事です。

それからというもの、今までなかなか改善できず悔しい思いをしていた症状の患者様から感謝の言葉をいただけることも増えてまいりました。ギックリ腰などひどい痛みで悩まれて来院された患者様から「えっ楽ーーー」「ありがとう」と驚いた顔でスタスタ歩いて笑顔になって帰ってもらえた時、本当にこの仕事についてよかったと感じます。

私は自分の施術を通し、病院や他の整骨院医療機関で施術を受けてもなかなか改善しなかった人を助けていきたいという想いがあります。

痛みがあるためにやりたいことを我慢しなければならない。そんな悩みを抱えている方を一人でも多く助けられるよう全力でサポートさせていただきます。

それがこの仕事のやりがいであり使命だと思っています。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。よろしくお願いします。

業界に入り12年以上、本当に様々な症状の方の施術をして参りました。
なかなか患者様の悩みを解決出来ず悔しい思いをしてまいりました。
しかし、その悔しい気持ちをバネに知識や技術を磨いてきました。
まだまだ未熟者ですが日々進化し患者様に還元できるよう、定年のないこの仕事を、一人でも多くの方の悩み解決できるよう、また自分の為にも日々精進していきますたいと思っています。
どんな施術をしているのか・・・・・。
詳しくは、メニューや店舗案内、ホームページを見て下さいね!

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鍼灸の事なら何でもご相談下さい

十島 浩之 としま ひろゆき ( 男性 )

得意なこと‥鍼灸(頭痛・肩こり・腰痛)

業界歴 10年
役職 副院長
趣味・マイブーム 読書・スポーツ観戦・旅行

自己紹介

私は、昭和49年3月4日に大阪府泉佐野市で生まれました。

家族は妻・娘(大学生)・息子(高校生)の4人家族です。父が転勤族だったので、子供の頃は大阪や兵庫を転々としていました

。中高は西宮の学校、大学は関西大学を卒業した後、10年間イトーヨーカ堂で勤務し埼玉や神奈川、福島などの店舗で販売の仕事をしてきました。

接客業は毎日変化があり物を売るだけではない、やり甲斐もありとても充実した10年間でした。

ちょうど10年勤務したころに仕事中に腰を痛めることがあり、近くの鍼灸院で治療を受けるようになりました。

自分は小学校の6年間、赤穂浪士で有名な兵庫県赤穂市に住んでいました。赤穂は武道が盛んな地域で兄弟で柔道を習っていました。指導者は柔道整復師や鍼灸師の方も多く、子供の頃から整骨院や鍼灸院というものが身近にあった為か、鍼灸治療というものに抵抗はなかったと思います。

定期的な治療のおかげで腰の痛みもよくなりました。

良くなっていくうちに、日々痛みであきらめていたことや思考も前向きに考えられるようになっていたことに気づき「この仕事は病気やけがを治すだけではなく、それ以上にその人の生活を豊かにすることができる仕事なんだな」「自分もこのような悩みのある人の手助けができる仕事を目指してみよう」と決心しました。

鍼灸師は国家資格であるため、3年間みっちりと専門学校で勉強しないといけません。

朝から夕方までは仕事をしながら、夜間部に入学し学業に励みました。朝も早い仕事であったため体力的にはきつい3年間でしたが、同じ境遇の学友達に刺激を受けながらあとは、こつこつ物事を進める性格なのもよかったのか無事3年間で鍼灸師に合格することができました。

鍼灸師になってからは、学生時代からお世話になっていた先生の紹介で加古川の鍼灸院で臨床経験を積みました。その時にかけられた印象的な言葉が「鍼灸師というのは単に病気やケガだけを診ていては駄目だ。その一人一人の患者様を診なければいけない」という言葉でした。この言葉は鍼灸師になってから今まで常に心に留め置きながら日々の治療に向き合っています。

病院やいろいろな治療をしてきてもなかなか症状が変わらなかった患者様から「先生に治療してもらうようになってから身体が楽になった」「今までは病気の治療に対して後ろ向きだったけど、今では前向きに考えられるようになった」と笑顔で言っていただいた時は、本当にこの仕事をしていてよかったと思いました。

痛みがある為に、日々の生活に前向きに考えられないようになっている、やりたいことができない。そんな悩みを抱えている方を一人でも多く助けられるよう全力でサポートさせて頂きます。よろしくお願いします。

鍼灸治療と聞くと「痛い」というイメージをもたれてる患者様が多いですが、
初めての方や痛いのが怖い方には痛くない鍼治療法での施術も行えますのでなんでもご相談くださいね。
鍼治療は本来「未病を治す」(病気になる前に治療して身体のバランスを整える)治療法です。なんとなく体調がすぐれないなど原因がはっきりしなような症状でも原因を見つけて治療しますので安心してご連絡ください。

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痛みの原因を理論的に解き明かしとことん突き詰めて患者様と共に施術に取り組むのがモットーです。

木岡 郁敦 きおか ふみのぶ( 男性 )

得意なこと‥ストレッチ・テーピング・痛くない鍼

業界歴13年
役職鍼灸師
趣味・マイブーム映画鑑賞・格闘技・子育て?

自己紹介

私は昭和54年11月8日に、奈良県天理市で生まれました。

父は高校の体育教師で体操部の顧問をしていたことも有り、幼少のころから体操をしながら育ちました。身体の弱い子供時代でしたがゲームよりも外で遊ぶのが好きで、田んぼや川で水生生物を捕まえたり昆虫を追いかけて走り回っていました。

大きな転機があったのは高校の時です。父の同僚の先生が武術家で空手の先生だったことも有り、弟子入りをし空手を始めることになりました。

大学一年の時に黒帯を取得し、全日本の名の付く試合にも出場できるまでになっていきました。ケガをすることが常にあり、骨折も何度もしました。試合会場ではケガをしたところをサポートする為にテーピングなどをしてくれるメディカルトレーナーの方がいて、その姿を見たときに、人の身体にかかわる仕事に興味を持つようになりました。

大学2年の頃には指導員になり、県内にある道場の一つで責任者もしていました。大学卒業後もしばらく続けていましたが、父の知り合いの方が整骨院で働くスタッフを探していたことも有り、この業界に入る決意をしました。当初は柔道整復師を目指していましたが、仕事をしていく中で、鍼灸の幅広い役割や効能に惹かれ、鍼灸師になる道を選びました。

自分自身が身体が弱かったこと、ケガを多くしたことも有る為、その悩みに応えられるようになりたい。という想いが強くあり、何よりよくなった時の患者様の笑顔や感謝の言葉が自分の喜びになっています。身体の問題や痛みのせいでやりたいことができず、不安や失望感を抱える患者もおられます。そうした患者様の人生を少しでも楽しく明るいものに変えていけるよう、一人でも多くの患者様を助けられるよう全力でサポートさせて頂きます。

これからもさらに精進していきたいと思います。

よろしくお願いします。

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